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菊人形の呪い

ライブなどによれば、この曲は子供の頃に見た菊人形をモチーフにしているという。



秋雨の街の外れに ひっそりと天蓋は立つ 安寧で薄ら笑いの 能面に鏨打つために

秋雨:字の通り、秋期に降る長雨のこと。夏前の「梅雨」は他の東アジア圏の国でも存在するが、「秋雨」があるのは、日本だけであるという。
天蓋:「てんがい」 仏具の一種で、仏像や住職が座る、その天井に設置されているもの。天蓋はインドの強い日差しを遮るのに重宝された日傘が元となっているので、儀式や参列で外を歩く際、僧侶が差す番傘も天蓋の一種とされる。いずれにせよ、天候や天気から人を遠ざけるための道具。つまり、ここでは降り続ける雨から人を濡れないようにするもの。
安寧:「あんねい」 平穏無事であること、また安泰であること。
能面:端的にいえば、狂言で用いられる仮面のこと。主に鬼神、老人、男、女、霊の五種類があるという。
鏨:「たがね」 金属や岩石を加工するための道具。具体的には金属や岩石を削ったり、切断したり、割ったりする。


人形の菊の眠りは なまなかに醒めはしないが 面影が行方不明の 彼奴なら用心するがいい

人形:ここでは「ひとがた」と読んでいる。
なまなかに:中途半端なこと、漢字では「生半」と書く。「生半可」と同じ意味。
面影が行方不明:面影とは「記憶の中にある顔や姿」のこと、それが行方不明というのは、その人のことを完全に忘れ去ってしまったのか、そんな人がいたということは覚えているが顔かたちを忘れてしまったのどちらか。


桜の花なら屍肉で咲くが 菊花の蕾は怨みを抱いて開く

桜の花なら屍肉で咲く:「桜の下には死体が埋まっている」というのは、よくある迷信や都市伝説の一つ。地味な木肌を見ただけでは想像できないほどに美しい花を咲かすことを驚いたことが由来なのであろう。ちなみに梶井基次郎の小説『桜の樹の下には』の書きだしは「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」である。
菊花の蕾~:桜の花との対比。桜は死体を栄養に、菊は恨みを栄養にして花が咲き、美しさの裏には残酷さを孕んでいるということか。


菊人形の呪い 秋の空たゆたい 悲しみの種蒔く うらめしや 菊人形の呪い 秋風を駆け抜け 幸せを刈り取る うらめしや

たゆたい:漢字では「揺蕩い、猶予い」と書く。ゆらゆらと止まることなく動く様のことをいう。
うらめしや:「うらめしい」という言葉を助詞「や」を加えることで語勢を強めている。


伴天連の妖術にいう 人花にする法ありと 而して菊なりぬるは 六界を儚みし魂

伴天連:「ばてれん」 キリスト教の伝来とともに、日本へやってきたカトリック宣教師たちのこと。ポルトガル語の「パードレ」が由来とされている。もちろん、人を花にする妖術なんて彼らには出来ないが、彼らが持ち込んだヨーロッパの様々な物が当時の人々には魔法のように思えたことは間違いない。
六界:仏教用語で「六道」と同じ意味。仏教では解脱出来なかった者、つまり迷いある者は、その功罪に応じて分けられた六つの世界を輪廻するという。


あれなるは怨念大納言 人でなし草木でもなし 呪われた光合成は 永劫に鬼火ほのめかす

怨念大納言:具体的に誰のことを指しているのかは不明。ちなみに、怨念大納言とはアルバム「頽廃芸術展」販売と共に行われたライブツアー名でもある。
光合成:実は「ひかりごうせい」と読んでもいい。ちなみに、光合成とは植物は空気中の二酸化炭素と根から吸収した水分を使って養分を合成し、その際不要となった酸素を放出すること。
永劫:「えいごう」 または「ようごう」とも。限りなく長い月日のこと。 
鬼火:空中を浮遊する怪しい火のこと。たいていは青い火で現れるとされる。人間の死体や人間の怨念がその火の原因だとか。


桜の花びら宴に散るが 菊花の冠は懺悔を聞いて閉じる

懺悔:神や仏といった超自然的存在に罪の告白をすること。教会へ行けば、牧師や神父が告白を聞いてくれる。もちろん彼らには守秘義務があるので、どんな罪を告白しても黙っていてくれる。


知るや君彼の憂鬱を 満たされぬ導管の胃袋 月光を浴びて 木枯らしに吹かれ 針の体躯を震わせる

導管:道管とも。植物の体内で、主に水分を輸送している管のこと。
木枯らし:「こがらし」 漢字では「凩」とも書く。秋から初冬にかけて吹く、強い風のこと。
体躯:厳密にいえば「たいく」だが、ここでは「からだ」と読む。意味は体や体つきのこと。


知るや君彼の懊悩を 終わらない胚嚢の生命 朝靄に生まれ 宵闇に散って 秋が来る度甦る

懊悩:「おうのう」 悩みもだえること。あるいはその様。
胚嚢:「はいのう」 種子植物の、胚珠の中にある雌性生殖器官のこと。こちらの図を参照。 
朝靄:「あさもや」 靄は霧と“ほぼ”一緒。その違いは範囲の広さが違うだけで、両方とも視界が悪い天気状況である。 
宵闇:「よいやみ」 宵、つまり夜の暗さのこと。特に中秋の名月を過ぎてからの宵の暗さ。
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テーマ : 人間椅子
ジャンル : 音楽

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ジャヴュ・ドッペル

Author:ジャヴュ・ドッペル
えらいとこ見られた
こりゃあもう 百年目 じゃと思いました

あと、このブログは敬称略ですので悪しからず。

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