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胎内巡り

オリジナル。「胎内巡り」というのは、仏(あるいは母)のお胎と称した真っ暗な洞窟の中を巡り、再び現世に戻ってくるという体験のこと。



光届かぬ道標ない道を 俺は手探り当てどなく歩く いつからなのかどこから来たのか 問わず語りに雷鳥が謳う

道標:「しるべ」 普通は「どうひょう、みちしるべ」と読む。目的地への方向や方角を表す標識のこと。
問わず語り:誰からも訊ねられていないのに、自分から話し出すこと。
雷鳥:イヌワシといった大型の猛禽類から逃れるため、雷が鳴っているような悪条件の下でよく活動していたことから、その名がついたというが実際のところは不明。その名前からは雷よけの鳥として信仰されていた。


善男善女は出られるが 悪人悪女は犬になる

善男善女~:それまでの行いの善し悪しによって、胎内巡り後の姿かたちが異なるという。つまり、善男善女は人間の姿のままで現れるが、悪人悪女は犬になって出てくるという。身も蓋もない言い方になるが、何人も元の姿で洞窟から帰ってくるので、胎内巡りは仏教に対する信仰強化を意図していると考えられている。


遥か昔に風漢に聞いた 道の果てには安らぎがあると 生きる苦悩の草鞋脱げる場所 俺はその地を探してるのだろう

風漢:「ふうかん」 造語。風の知らせとかいう意味か、風のように実体のない存在であるという意味であろう。
生きる苦悩の草鞋脱げる:よく人生を旅に例える人がいる。もちろん、それは比喩であるが、そう考えてみると苦悩とか悩み事というのは、草鞋のように決して離れることはなく、つねにそれを意識しながら歩かざるを得ない、なかなか厄介な存在かもしれない。


空は蒼褪め塗り絵じみてる 瞬く星はギヤマン細工 ああ 実像のない世界

蒼褪め:「あおざめ」 「彼の顔が蒼褪めた」という表現で使われることが多いが、元々の意味は字面の通り「青くなる」こと。従って、ここで表現されている空は雲ひとつない快晴である。
ギヤマン細工:江戸時代、ダイヤモンドのことを「ギヤマン」と称していた。そのダイヤモンドを道具として用い作られたガラス細工、つまり切子ガラスなどのことをギヤマン細工と呼ぶようになった。


針の穴から出口は覗き ああ 影踏みめいた世界

針の穴~:胎内巡りの洞窟の中というのは大変暗い。おそらく、出口から漏れる一筋の外光は非常に神秘的で、現実味を感じさせない。


葛折りした迷宮の道は 人を呑み込み依然時雨れてる いや増す闇は産道にも似て 俺はかつても生まれてないのだ

葛折り:「つづらおり」 ジグザグ道、あるいは地図の折り方を表す際に用いられる言葉。迷宮へと続く道は険しいようである。
俺はかつても生まれてないのだ:非常に含みがある言葉。普通ならば、胎内巡りをする人間というのはこの世に生を受けていないとできない。しかし、ここで「俺」は知覚する「実はかつても生まれていなかった」と。相反する言葉のようであるが、自分自身の実存がいかに曖昧な自意識の上でしか成り立たないのかを指摘している。


衆生無辺誓願度 煩悩無尽誓願断 法門無量誓願学 仏道無上誓願成

衆生~:仏教には「四弘誓願(しぐせいがん)」というのがあって、仏教を修行するにあたっての心構えを説いている。これは宗派によって異なり、「胎内巡り」では禅宗(ライブでの発言によれば曹洞宗)の言葉を採用している。

それぞれの意味を端的に説明すると

『衆生無辺誓願度』は「自己を捨てて他者や、その他もろもろに尽くします」という心構え。
『煩悩無尽誓願断』は「煩悩と戦い、日々の修行に精進します」という心構え。
『法門無量誓願学』は「難しいことではあるが、仏の教えを実践したい」という心構え。
『仏道無上誓願成』は「悟りを開くことは長い道のりではあるがやりとおしたい」という心構え。

を意味している。
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ジャヴュ・ドッペル

Author:ジャヴュ・ドッペル
えらいとこ見られた
こりゃあもう 百年目 じゃと思いました

あと、このブログは敬称略ですので悪しからず。

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