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あやかしの鼓

雑誌「新青年」にて夢野久作が二等を受賞した作品で、同時に彼のデビュー作。「夢野君の『あやかしの鼓』を一等に」という声は多かったが、当時は夢野を評価していなかった江戸川乱歩の強い反対のために二等となった。乱歩は『押絵の奇蹟』発表以降、夢野に対する評価が急上昇し、「ドグラ・マグラ」に至っては大絶賛していた。



忘れ去られた土蔵の奥深く 眠る鼓の繰り出すおどろ唄 いにしえの夢 辿れば胎児の鼓動 たまゆらの恋 醒めれば笑窪も痘痕

土蔵:日本の伝統的な建築様式。外壁を土壁で作り漆喰などで仕上げたもののこと。一般的に「蔵」といえば、この土蔵のことを指す。
鼓:横から見れば砂時計のような形をした小鼓や、樽のような形の太鼓など……形や音色は多種多様だが、要は動物の革を張って、その面を手や撥で叩いて音を出す楽器のこと。
いにしえ:漢字では「古」 語源は「往ぬし方(過ぎ去った方へ)」で、かつては自分が産まれる前のことは「いにしえ」、自分が産まれて以降に起こったことを「むかし」と区分していたという。今では特に使い分けられていない。
たまゆらの恋:漢字で「玉響」と書くことからも分かるように、「たまゆら」とは「勾玉が触れ合った時微かな音を発する(響く)様」のことで、これが転じて“わずかな時間” “ほのかな風情”を意味するようになった。つまり「たまゆらの恋」とは「一目惚れ」 もしくは「短期間の恋」という意味。
笑窪も痘痕:普通は「痘痕も笑窪(靨)」というが、ここでは逆転している。本来の意味は、好きな人の痘痕(天然痘に罹ると水疱というのが出来る。これは完治しても跡が残ることがあって、これをアバタという)であれば、笑窪に見える、贔屓目で見ればどんな欠点も良く思えるという意味。さて、言葉が逆さになっているということは意味も逆さになっていると考えるとすれば、どんな美点でも嫌いな人なら欠点に見えるということになる。つまり「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということ。


生きているのか死んでいるのか 人の心の虚ろな響き 過去と未来と現在の しじまで己れが打ち鳴らす あやかしの鼓 あやかしの鼓

生きているのか死んでいるのか:横溝正史の作品「悪魔の手毬歌」の章題。
しじま:何の音もしない様、静寂。
あやかしの鼓:小説によれば、鼓の材料としてよく使われるサクラやツツジではなく、綾の木目(様々な形をした木目ということ)を持つ赤樫を使った鼓で、この「あかがし」をモジって付けられた名前だという。また「あやかし」という言葉には「妖怪」という意味があって、その名前通り、ありふれた鼓とは違う音色を奏でるという。


破れ障子の彼方で息潜め 蜘蛛の絲から紡いだ怨み節 あらたまの年 経れども逃げ道迷い道 たらちねの母 捨てれば背中は石の臼

蜘蛛の絲:「絲」は「糸」の旧漢字で読みは同じ。『蜘蛛の糸』といえば芥川龍之介の代表作である。
あらたま:「あらたま」とは「年」を導く枕詞。「新玉」とか「荒玉」といった漢字が当てられる。「璞」という漢字も「あらたま」と読むが、これは磨かれる前の玉・原石という意味で「新しく始まる年はまだ磨かれていない玉のようだ」ということなのだとか。
たらちねの母:「たらちね」は「母」や「父」または「両親」を導く枕詞で、よく導かれるのは母親。「垂乳根」や「足乳根」という漢字を当てる。前者だと「垂れる乳を持った」という意味、後者だと「(満ち足りていて)乳が張っている」という意味がある。当初は母だけを指す言葉であったが、中古以降は両親を意味するようになっていったという。
背中は石の臼:「臼負い婆」という怪談、あるいは「桜の森の満開の下」みたく美女かと思いきや、実は化け物を背負ってたということか。

笑っているのか泣いているのか 人の面の妖しい調べ 夢と希望と絶望の はざまで己れが打ち鳴らす

はざま:漢字では「狭間」、「間」と書く。意味は文字通り、物と物の間のこと。
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テーマ : 人間椅子
ジャンル : 音楽

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ジャヴュ・ドッペル

Author:ジャヴュ・ドッペル
えらいとこ見られた
こりゃあもう 百年目 じゃと思いました

あと、このブログは敬称略ですので悪しからず。

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