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思いっきり当初考えていた結末から逸らしてみましょう。

電話が鳴る。

一旦鳴り止んだと思いきや、また鳴った。
せっかくの麗らかな日曜の午後うたた寝していた私を起こす電話は、旧友の栗田からであった。


「やあ、平井」
「なんだ、栗田か。僕は今シエスタの最中だったんだ、邪魔をしないでくれ」
「シエスタ?なに格好つけているんだ、ようは昼寝だろ、まったくお前はグウタラだな」
「うるさい、とにかく眠たいんだ、切るぞ」
「いや、ちょっと待ってくれ。実は重要な話があるんだ」
「重要な話?そんなの明日にしてくれないか?」
「そういうわけにはいかないだ。電話で話すのもなんだから、とりあえず、いつものところで落ち合おう」といって栗田は電話を切った。
栗田と私の間で“いつものところ”といえば、駅前の古びた雑居ビルの中に入っている古本屋のことを指す。
なぜ古本屋になったか仔細なことは覚えていないが、ただ二人とも熱狂的な本好きで小説、専門書、漫画に辞典、とにかく文字さえ書いてあれば何でも読まないとすまない、いわゆるビブリオマニアであった。そんな二人だから普段重要な話といえば、大体、新刊が出たとか、稀覯本が見つかったといったところであるが、そういうことは別に直接会わなくてもいいはずである、珍しく呼び付けられたわけだ、よほど珍しい本が見つかったのだろう、そう思って古本屋へと急いだ。
5階建てのビルの3階にある古本屋は、いかにも古めかしい雰囲気に覆われていて、インクや紙、そして少しの埃などがまざった独特の癖になる匂いで充満していて、まさにビブリオマニアには堪らない場所であった。
まだ、栗田がやってきていないので、暫らく新入荷のコーナーで立ち読みをしていると大きなボストンバッグを持った栗田がやって来た。
「よお、平井、遅れてスマン」そう言って栗田は私に近づいてきた「やあ、栗田久しぶり。呼び出すなんて珍しい、もしかしてよっぽど貴重な本でも見つけたのか?」
「いや、残念ながら今日は本の話じゃないんだ。とにかく何も言わず俺についてきてくれ」そういって栗田は、私をひきつれて古本屋を後にした。
栗田は重そうなボストンバッグを持ちながら、どこか薄暗い路地裏の奥へとグイグイと入っていき、どうやら何かの店らしきドアの前で止まった。
「ここだ」指し示したドアは何もかかれていない木で出来たもので、一見したところバーであろうか?「さあ」そういって急かされるままドアを開けた。

中は想像通りのバーであった、カウンターの向こうに立つバーテンダーが世話しなくシェイカーを振っている。
カウンターの席に座ろうとすると「まだ向こうだ」といって栗田は、奥の暗がりを指した、まだ着いていないようだ。
近づいてみると、また木製のドアがあって、開いてみるとそこには地下へと向かう階段があった。下まで降りきるとまた古びた木製のドアがあって、いままでにかったプレートが立てかけてあった。
「秘密探偵倶楽部」プレートにはそう書いてあった。
ドアを開くと目に飛び込んできたのは、白である。
白、白、白、辺り一面、白一色である、床に壁紙、椅子やテーブルなどの調度品、さらにはそこにいる人たちまでもが真っ白である。
「着いた、今日お前をココに連れてきたかったんだ」栗田はそういって奥の部屋に私を連れていった、彼はおもむろにロッカーを開け中から白い服を取り出し、それに着替えだした唖然としていると「お前もコレを着ろ」とボストンバッグを投げ渡してきた、思ったより軽く、中には真っ白なジャケット、ズボン、カッターシャツが入っていた。
「なんだこれ」そういうと栗田は「コレが正装だ」という、あと更にネクタイがあるそうで、これは入部した時に初めて部長から渡されるらしい。
「ちょっとまってくれ、なんだよこの白いやつらは?」「秘密探偵倶楽部だよ」あっさりと答える栗田。「いや、僕はこんな変なところに入る気はない」そう素直に告げると「格好は確かに真っ白な変な連中かもしれないが、彼らには確固たる正義が…」ダメだ、完璧にこの組織にのめり込んでいる。「わかった、彼らが理念のある連中というのはわかった、でもなんで俺が入らなきゃならないんだ?」
「簡単だ、お前が必要だからさ」そういって彼はロッカールームを出て真っ白な部屋へと向かっていった。倶楽部に入る気はさらさらないが仕方がない、ここで逃げ出したら栗田やあの白い連中になにされるか分からないし、今のところは必要とされているようだから、適当にやり過ごして逃げるか、と思いロッカールームを出た。
栗田が手招きをしている、どうやら部長への挨拶をしなければならないらしい。
栗田もその周りも真っ白なのだが、ただ一人だけ黒いスーツに黒い靴、ネクタイはせずロイドメガネをした男がいる、どうみても彼が部長だろう、しかも真ん中のおそらく革張りの高そうな椅子にキザに足なんか組んでパイプなんぞ吸って顔を澄まして座っている、探偵小説の読みすぎだ。

そんなキザ男は近づいていくと彼は立ち上がって
「ようこそ、我が秘密探偵倶楽部へ、私が部長の江草だ。確か君は平井君だったね?」
「ええ」
「君の話は栗田君からよく聞いているよ、非常に優秀だって。優秀な人物がこの倶楽部に入ってくれるなんて、非常に嬉しいよ」やはり分かっていたが、私は入部することになっているらしい、栗田に目を向けると彼はニヤニヤと笑っていた。
「そうだ、折角だから君に入部テストを課そう。だが、安心してくれ、問題は簡単だから」折角だからとはどういうことだろう、他の人には課していないのだろうか?そんなことを考えていると栗田が「頑張れ」無責任にいった、イラつくものだ。
「問題はたった一問、本当に簡単。猟奇事件が好きなら誰でも知っている“ウェーバー邸殺人事件”から出そう。最初の被害者、家政婦はどうやって殺された?」江草のもの言いは柔らかく、そんな口調でまさかウェーバー邸殺人事件だとか、殺されたとか聞くと変な気持ちになったが、この問題は簡単そうで難しい。というのもこの事件自体、謎が多く、家政婦の死因すらもあまり知られていないからだ。

グラハム・ウェーバー邸殺人事件。いまからおよそ二十年前に起こった事件で、家人全員が皆殺しに遭うというなんとも悲惨な事件として知られているが、おもったほどそれに関する情報は少ない。彼らが外国人でイギリスから貿易で渡ってきたこと。皆殺しにあったこと。孫の双子が唯一生き残っていることぐらいが知られている。
さて、なぜこの家政婦の死因が難しいのかというと、警察の公式発表で切創による失血死となっているのだが、同時の警察の鑑識から流出した数枚の写真を見る限りだと、切創が多数ある割には血の出が悪い、おそらくは死後につけられた傷と思われる、顔は酷く鬱血しているし、死斑も出ているからおそらく首を絞められたことによる絞死。なぜ、警察はこれをわざわざ失血死にしたのだろうか。
多くのミステリーや猟奇事件に興味のある人たちの関心はそこにあった。
訂正をしない警察、頑なに黙っているウェーカー家。謎が謎を呼び、いつのまにかウェーカー事件はその“猟奇さ”だけが目立ってしまい、いつしか噂話や都市伝説のような扱いを受けるようになった、例えば担当捜査官が事件直後に自殺しただとか、事故に遭って死んだとか、実は殺された一家は生きているとか、まあ全部ウソだろう。
さて、肝心の答えであるが
「恐らく、窒息死それも絞殺による、切創はおそらく死後につけられたものである。といったところでしょうか」
「そうか、君も同じ考えか。」とニヤニヤしながら植草は立ち上がった「その事件を題材にした小説などでは、その派手さから切創を原因にしてしまうことが多くて、それが真実だと思っている人が多いようだが、どうも解せない、あれはやはり絞殺だよ。問題は死後なぜ刃物で切り刻む必要があったかだ」
「普通に考えると、よっぽど憎かったのよ」江草の隣に座っていた気の強そうな女性がそう言い出した。「大体、殺人事件で死体を傷つけるなんて、よっぽどの恨みがあったか、あるいは倒錯した性欲の持ち主か、どちらにせよ気持ち悪いわ」彼女はさらに自論を展開し続けた。「で、問題は犯人よね、恐らく家人の中にいるわ、そう思わない玲子?」玲子と呼ばれた女性はとなりでチョコンと座っていて眼鏡を掛けている女性で、さっきの気の強そうな女性と違って物静かで、話すテンポもゆっくりである「え…あ、うん。そうね、悠美さん、私もそう思うわ」
「じゃあ、やっぱり犯人は秘書の…」と悠美がいうと「いいえ、それは違うわ。きっと奥さんの…」と必ずしも押しの弱い人間でもないようである。
私の入部云々より、犯人はだれかという議論になったので、私はそそくさと帰ろうとした。「待ちなさいよ、あんた。あんたはどう思うの!?」悠美は私が帰るのを見逃さなかった。
「僕ですか?」
「ええ、そうよ。帰ろうとしていたのはあなたしかいないわ、それにネクタイはいらないの?」なんというかツンケンした物言いで、疲れる。
「僕には分かりかねます」
「分からない?あなた本当に優秀なの?」悠美は少し馬鹿にしているように言った。
「といわれても、被害者全員が疑わしいのです。言うなれば、被害者全員が容疑者。」
「被害者全員が容疑者?あなた変な事を…部長こんなヤツ入部させるなんて副部長として許せません!」どうやら、こいつが副部長であるようだ、なんというか先が思いやられる倶楽部だ。
「いや、そんなことはない。私とて同じ考えだ、おそらく殺害に何人か関わっているはずだ」江草はそう言い、悠美は「部長のあなたが言うのなら」と黙った。
「よし、君に秘密探偵倶楽部の加入を許可しよう」そういって植草は白いネクタイを取り出し私に差し出してきた。
「ああ、どうも」とりあえず、貰っておくことにした。
「ああ、そうそう今日クジで決まった人は準備をよろしく」そういって江草はどこかへ行ってしまった。
悠美と玲子がやって来て、悠美が「これで勝ったと思うなよ」と言って来た「いやいや、争う気など毛頭ありません。犯人が奥さんや秘書だろうという考え方は至極当然、論理的に考えればそうなるに決まっています。私が少々ひねくれているだけです、どうかお気になさらず」「そ、そう?分かってくれたらいいの、じゃあ」そういって帰っていった、案外簡単な人間で助かった。「平井さんでしたっけ?ありがとうございます」玲子だ
「悠美さん自分が一番、自分が正しくないとすぐに起源が悪くなる人で、ああやって立てて頂くと助かります」
「いえいえ、これぐらい」
「では」悠美の後を追って彼女もどこかへ消えた。

帰り道、やっと趣味の悪い格好から解放されていた私は栗田に
「なんで、こんな趣味の悪い格好をしなきゃならないんだ」と不満をいったところ「確かにあれは趣味が悪いな。もうかれこれ、あの倶楽部に入って1年経つが、いまだに真っ白な服には抵抗あるよ。」
「え、あの倶楽部に一年もいるのか?」
「ああ、今日でちょうど一年だな」
「また、なんであんな秘密探偵倶楽部なんていう変なところに?」栗田は黙り込んで何かを考え込んでいるようであったが、しばらくして
「う~ん、単純に彼らに共感したんだ」
「共感?」
「ああ、共感、彼らは素晴らしい信念の下に集まって行動しているんだ」
「信念っていっても、犯人がだれか推理するだけだろ?」
「違う、それだけじゃない」
「じゃあ、他になにをするっていうんだい?」
「復讐、時効という壁に護られた蛆虫どもへ制裁を加えるのだよ」握り拳で力説する栗田、端からみたら、危ない人である。
それにしてもこの栗田という男、昔から何か変なものにのめり込むヤツで、かつてギターにはまったと言っていた時には、演奏を極めるのかと思っていたら、なぜかギター製作に覚め独学で製作、販売して一部に熱狂的な人気を博したが、5年後、「疲れた」と言って引退、それからは趣味らしい趣味もないかとおもっていたら、実は探偵ゴッコなんかにはまっていたとは…
「で、制裁というのは具体的に何を?」
「被害者と同じ方法で…殺す」
「殺すって、まさか本当にやるのかい?」
「もちろん、本当さ」
「バレたら、捕まるぞ」そういうと栗田は安心しきった表情で「大丈夫、大丈夫」と言い出した。
「何が、大丈夫なんだよ、殺人だぞ?」僕はつい車内で大声を出していた。「シー、他のお客さんに迷惑だ」はっと我に返り小声で「とはいえ、犯罪だぞ、人を殺すんだぞ?」というと栗田はそれでも大丈夫だという。
「みんな、お偉いさんの子供だからだよ」
「ということは、もみ消すのか?」
「ああ、そういうことだ。部長は警視総監の息子で、副部長の吾妻悠美は代議士の娘。一緒にいた早瀬玲子は早瀬コンツェルンの娘。いざとなれば、金で権力で揉み消せるという寸法ってわけだ」
「錚々たるメンバーってわけだ」
「ああ」
「で、直接手を下すのは、誰なんだ?まさか御曹司直々か?」
「そう、そのまさからしい」
「らしいってお前は参加したことがないのか?」
「ああ、まだ参加したことはない。でも、ようやく今回から参加できるんだ、なんて光栄なのだろう、そう思わないか?」
「あ、ああ、そうだな…そりゃ、よかったな」
「お前も羨ましいんだろ?」といわれたものの全く羨ましくない、むしろ哀れだ。「そうだろ?」
「そうだな…」
「まあ、お前は部長に好かれているからすぐにでも参加出来るようになるさ、そうだろ?」
「あ、ああ…」

そうこうしていると降りる駅に着いた、栗田とはここでお別れである。
お別れとはいっても、僕と栗田は同じ町内に住んでいるので一緒に下車し、僕は駅か出て左へ、彼は右へ、それぞれの家へと帰っていった。
それから数分後、ようやく自宅に着いて、ドアの鍵を開けようとしていると携帯が鳴った、栗田である。
「忘れるなよ、明日も必ず来いよ」
「わかってる」
「あと、お前もくじで当たっているから、準備忘れるなよ。じゃあ明日8時、本部で」そういって電話は切れた。
くじ引きとは、帰り際に部長が言っていたやつのことだろうか?そのくじに入部する前の人間が当たっているとは…
それにしても何を準備したら良いのだろうか?栗田に電話して聞こうと受話器をとったままの姿でテーブルに突っ伏して眠っていた。

翌朝、チャイムが鳴った、栗田だ。
「よお、寝坊助」
「どうした、こんな朝早くに」時計を見てみると午前5時であった、いくらなんでも早すぎる。
「さぁ、行くぞ」と腕を引っ張る栗田。
「行くぞって、どこへ?」
「ウェーカー邸に決まっているだろ?昨日言ったじゃないか」
「いや、ウェーカー邸に行くとは聞いてないけど…」
「まあ、そんなことはどうでもいい。準備はしたか?」
「いや…それが」
「してないのか?早く来ておいて良かった、まだ間に合うから早く服を詰め込んでこい」
そういわれるままに、数日分の衣類を鞄に詰め込み、栗田と共に家を出た。

秘密探偵倶楽部の真っ白な部屋に到着。他の人たちはもう来ていた。

「平井、遅いわよ」また悠美である。時計を見るとまだ7時半、遅刻ではないが面倒くさいので、すいませんと上辺だけ謝っておいた。

植草が「では、みなさん。全員が集まったところで今日ウェーカー邸に行くメンバーの確認をしておきます。まずは私、部長の植草、副部長の吾妻さんに、早瀬さん、葛西くんに、栗田くん、そして平井くん、以上6名。よろしく」
この中で唯一面識のない葛西という男が近寄ってきた。
「どうも、はじめまして平井さん。私の名前は葛西知昭、これからもよろしく」そういって握手を求めてきた、腰が低く優男。握手をし「じゃあ」といって別れ、トイレに行くと栗田が追いかけてきた。
「平井、彼は昨日言ってなかったが」
「うん、どうした?」
「かれは桜花会の会長の一人息子なんだ」桜花会、いわゆる暴力団なのだが、もともとは博徒といって博打を生業にしていたらしい、それがどんどん急成長、今じゃ裏社会を牛耳るほどの組となり、東の桜花組、西の菊花組といわれ恐れられているらしい、いずれにせよ人は見かけによらぬものというわけだ。

僕と栗田は玲子と共に、悠美の運転するセダンに乗る羽目になった。どうせなら男同士の方が気楽なのだが、悠美が遅刻するような奴を監視しないと気がすまないと言い出したので女性陣の車に乗る羽目となった。
悠美が親に買って貰ったという車はいわゆる高級車で乗り心地こそ抜群だが、如何せん居心地が悪い、悠美は疲れたというくせに運転は変わりたくないといい、僕も栗田もただただ眠るしかなかった。
朝8時に出発して、途中休憩も挟みつつ、ウェーカー邸に着いたのは午後7時であった、およそ半日間車の中に揺られていた。ウェーカー邸は写真などで見るよりも荘厳で美しく、まるで日本ではないかのような錯覚に陥るほど異国情緒に溢れていた。
屋敷の入り口に明かりがつき、玄関の戸が開かれた。背の高い男性と女性が現れて我々を待っているようであった。
「これはどうもわざわざ遠いところから」背の高い男は生き残った孫で、名を廉といい隣にいた女性は双子の妹の理紗であった。
「いえいえ、こちらこそ、今回ウェーカーさんにご協力していただいて助かります」と植草
「あの、お食事を用意しましたので、どうぞ中へ」
入ってすぐエントランスホールがあった、ここにある巨大な地球儀、表面にはエナメルなどで装飾されており、特に各国の首都には光り輝く宝石が埋め込まれていた。
みな、口々にスゴイと言い驚いていた。
そのエントランスを抜け、豪華な装飾の扉を開くと、長いテーブルがあった。
燭台には幽かに揺れる炎。純白のクロスに見たこともないような料理。頬張れば、幸せが広がる。僕はウェーカー邸で本題の推理などすっかり忘れて、満喫していた。
食事が終わり、理沙が我々に「お部屋へお連れします」といって、メイドたちに案内させた。
一部屋に2人。江草と葛西、悠美と玲子、僕と栗田とそれぞれ分かれ部屋へと向かった。
荷物を整理し、風呂に入り床へ入ろうとすると、隣の部屋の葛西がやって来た。
「やあ、平井君」
「葛西さん、どうしたんですか?」
「いや、なに、君ともっと話してみたくてね」
「はあ…なるほど」
「一階のラウンジでも」
「ええ」
私は彼と共に一階のラウンジのソファに腰掛けて、色々な話をした。
「君は恐らく他の人から聞いていると思うけど、葛西家の家業というのはいわゆるヤクザだ」
「ええ、そうらしいですね」
「やはり、君は驚かないんだね、ヤクザであろうが、どこぞの企業のトップの子供であろうと、君は気にしないんだね」
「気にして畏まったところで、なんの価値もないからね」
「そうだろう、そうだろう、そういう考えの持ち主は貴重だよ。倶楽部の中には臆して何も言わないやつがいる、酷いもんだ。それに俺はそもそもヤクザなんて家業継ぐ気はない、あんな商売そうそう長く続くもんじゃない」
「そうですか」と僕は適当に返答した
「そう、そうだよ、全く君は僕のことには興味がない、すばらしい。君みたいな素晴らしい人は初めてだ、そうだ、友達になろう」なぜだか彼は興奮していた、おそらく今までヤクザと聞いただけで恐れおののくような連中とばかり付き合っていたのだろう。
僕には正直彼がヤクザであろうか、警察であろうか興味はない、関心があるのは推理だけだ。
「どうぞ」そういって理沙が紅茶を淹れて来てくれた、気の利く女性である。
「どうも」
「なんのお話で盛り上がってらっしゃったの?」
「ああ、くだらない話ですよ」そう僕が答えるとニッコリと笑った。
時計を見ると日付が変わっていた、「僕はそろそろ」と葛西に告げると彼は、「俺はもうちょっと理沙さんと話しているよ」といって、残った。
部屋に入ると、栗田が酒を飲んでいるようであった。
「さすがウェーカー家、シングルモルトの三十年モノだなんて」どうやらスコッチを飲んでいるようである。
「上手いぞ、お前も一杯やるか?」
「いや、いいよ」
「美味いのに、勿体ないねぇ。でさ、お前葛西となにを話していたんだ?」
「世間話」
「へぇ、そうか。俺なんか怖くて挨拶ぐらいしかしたことがねえ」ベロンベロンに酔っ払った飲兵衛はそのままベッドに死んだように倒れこみ、豪快な鼾をかいていた。
そういう僕も気付けば夢の世界だった。

朝、なぜだか泥酔していた栗田の方が早く起きていた。
「よお、おはよう。いい酒は残らないよ」
「そうか、そりゃ」よかったなと言おうとしたとき、悲鳴が聞えた。

どうやら一階のようだ、階段を下りようとすると、後から悠美と玲子がやってきて
「今、悲鳴が」
「ああ、いま行こうと」
「急ぎましょう」
エントランスホールで、引きつった顔の理沙が必死であの巨大な地球儀を指している。
地球儀自体にはなにもなかったが、地球儀の下には多量の血が。
地球儀の中には照明があって、それを取り替えるために扉があって、中には少し余裕があるのだが、少しといっても、ひと一人は余裕で入るほどで、かつてここで殺人があったときはここで家政婦の死体がズタズタになって…
まさか、また…
後からやって来た江草が、「私が開けよう」といって扉を開いた。
「死体はないぞ、よかった?」
ベチャ、ベチャ、血が滴る、鼻につく臭い。
天上を見た江草は
「あ、あ、あああああ」といって扉から出てきた。
何事かと、見てみると腹を割かれた女性が、その小さな部屋の天井に杭のようなもので打ちつけられていた。
おもわず、「なんだ、これ」と僕は言った。
そして、警察を呼ぶように指示すると、悠美がおもむろに携帯を取り出しかけようとしたが
「かからない、なんで!?」
「勝手に電話されては困ります」廉はまるで今起こった惨劇を気にも留めていないかのように冷静に淡々と言った。
「我々の屋敷では携帯電話が使用出来ぬよう、特殊な装置を使って電波を遮っております」
「じゃあ、家の電話を貸してちょうだい」
「いいえ、ダメです、部外者の人には」
「じゃあ、電話しなさいよ、人が死んだのよ!?」
「ええ、そうですね、死んでしまいましたね、メイドが。」全く他人事のように語る廉、なんともいえない不気味さと沈黙がその場を支配した。
「では、調査しますか」私はそう言った、女性陣は呆気に取られたようであったが、ただ1人、葛西だけがそれに応じ、ゴム手袋やデジタルカメラなどの器具を持ってきた。
かつてここでは滅多刺しの死体が転がっていたのだが、今回は腹(実は薄い傷が咽元から続いており、鳩尾から一気に深くなっている)が裂かれた死体が張り付けられている。
今回も前回と同じ様に、どうやら首を強く締められたことによる窒息死であろう。太腿に死斑があるし、顔も真っ赤だ、つまりは少しずれた角度で首を絞められたということだ。
腹から本来なら垂れているはずの腸は無造作に体に巻きつかれている、足元は糞尿と血液の海。靴を踏む毎にベチャベチャと鳴り、吸い付く。覗いた悠美は吐き気を催し、そのままどこかへ行ってしまった、介護に玲子と理沙が付いていった。
腰が引けていた江草もゴム手袋をはめ、念入りに死体を調査した。三人が熱心に調べている最中でも栗田は廉に電話をかけるよう交渉していたが、一向に電話をかけようとしない。

やがて戻ってきた半泣きの悠美と付き添いの二人が戻ってくると、廉は執事を呼び寄せて電話をかけてくるように指示した。
ようやくかと皆が安堵した後「さあ、皆さん、お楽しみはこれからだ」そういって彼は自分の部屋に籠もってしまった。
「みなさん、すいません…」と理沙が詫びた。
「気にしないで、でもどうしてあなたのお兄さん…」皆の気になることを玲子が訊いた。
「兄は信じているんです、我が家に伝わる呪いを」
「呪い?」
「そう、呪い」
予想だにしてなかった発言に一同は驚いた。
「その呪いって、一体どんな呪いなんですか?」
「ウェーカー家の男は二十五歳まで生きられない」
「二十五歳まで生きられない?」すると植草が口を開いた「だったら、先代の当主グレハムさんは二十五歳なんてとうに超えているはず」
「ええ、そうです。でも彼はもともと養子、それも二十五歳を過ぎてから我が家に入った養子です」
「なるほど、そうだったのか…」
「なら、なぜ前回事件が起きたんだ?」葛西が訊いた。
「簡単です。それは、私の父、リオン・ウェーカーが二十五歳の誕生日を迎えようとしていたのです」
「いつも思うんだが、資料を見る限り双子のどちらも結婚なんぞしていないんだ…ということは、君たちは両方とも養子とか、貰われた子ということなのか?」
「いいえ、リオンとエミリーとの間に生まれた子供よ」意外とサバサバと答える彼女にみな唖然としていた。
「そ、それって、いけないことだわ」悠美が露骨に不快感をあらわにして言った。
「でも、安心して、血は繋がっていないから。我が家のしきたりで男児が生まれたら女児を遠い親戚から貰ってきて、双子として育てるの」
「一体、なんのために?」江草が訊いた。
「う~ん、どうしてかしらね、そういう決まりだから」
「なら、君たち双子も血は繋がっていないのか?」
「ええ、そうよ。私は、イギリスに住んでいる本家から連れてこられたらしいわ」
なにより、この家の住人はどこか変である、メイドも執事も慌てる様子もない。当主の廉に至っては呪いを完璧に信じ、自分が死ぬという妄念に駆られている。全くこの家はどうなっているんだ。
そうこうしていると、刑事がやって来た。
「夜分遅くに、すいません、通報を頂いたものですから」
「ええ、お電話致しました。実はうちのメイドが…」
地球儀に案内された刑事、後になって分かったのだが彼は内山田という男らしい、その男はまるで刑事モノに出てくるような刑事ソックリで、トレンチコートにヨレヨレのジャケット、変にシワのよったズボン、垢で汚れた汚いクレリックのドレスシャツ、ネクタイまでも心なしか汚い。
「いやぁ、スゴイ殺され方ですな」ただただ警察も呆気にとられていた。
「この被害者さんの名前は?」
「立つ花で立花、英雄の英に、美しいで英美(ひでみ)」
「なるほど、で、この方の身分を特定するようなもの何かありますか?」
「ええ、メイドが使っている部屋にあるかと思います」そう案内されて刑事が向かったのは、この家の裏に併設されている別館で、本館二階から別館へとつなぐ廊下は中庭の上を通るようになっており、廊下の床は強化ガラスで覆われているので、下に広がる優美な庭を見ることが出来るようになっている。
「おお、すごいな」栗田が珍しく草木に感動している。
栗田と僕が最後尾かと思っていたら、まだ後に悠美と玲子がいたようで「きゃっ」と悠美が叫んでいた、どうやら彼女は高所恐怖症らしい、後ろから僕の腕にしがみついてきて離さない。玲子はただ笑って「なかよしさんですね」と言った。
「1人で歩いてくれ」
「怖いんだから、腕貸しなさいよ」全く、迷惑な女である。

使用人の人々が住む別館は、本館の客室よりは狭いが一人で暮らすには十分すぎる広さであった。
その別館の一階の奥に被害者立花の部屋はあった。
マスターキーで鍵を開け、中に入る。「机になにかありますね」
それは手紙であった。
『この手紙が私以外の人間に読まれる頃、恐らく私は死んでいることでしょう。
でも、それは私の望んだことです。
死にたい。この世にはもう正義も自由もなにもないんです。
だから生きていったってしょうがないのです。
だから、さようなら』
たったそれだけしか書いていなかったが、問題は立花英美自身の字であるかどうかだ。内山田は、部下に筆跡鑑定をするようにと渡した。
ふと、机に備え付けの引き出しに目がつく。鍵付きである。もちろん施錠されており開かなかったが、棚の下をゴソゴソとすると、両面テープかなにかにくっ付けられていた鍵が見つかり、内山田は開いた。

中からは日記が出てきた。
一番古い日付は、彼女がこの家に仕えるようになった3年前の春からであった。
『新しい就職先は、豪勢なお屋敷でのメイド。私、こういうフリルの付いた服は苦手だったんだけど、可愛く感じるようになって、結構好きかも。あと実際は「お帰りなさいませ、ご主人様」って言わないんだね、そりゃそうか。それにしてもご主人様の廉さん予想以上にカッコよくてビックリ。それに今日一緒に入った執事の山下君も私の好みで…』とまぁ、女の子らしい(?)内容であったが、3年後、つまり今年の日記なのだが、一気に内容が変わる。
『最近殺される気がして仕方がない、朝起きたら誰かが覗いている気がする、誰だろう、怖い、怖い、昨日起きたら机の上に包丁が置いてあった、私を殺す気だ』
「これが、一週間前の日記か」内山田がボソッと呟いた。
『殺されるらしい、でもなんかどうでも良くなった、いっそ殺して欲しい、生きていたって楽しくないし、もう人生とかクソすぎて死にたい、死にたい、殺して!!』
コレが殺される前日つまり昨日の日記。
「いわゆるペシミストってやつか」
日記を持った内山田はまた殺害現場のエントランスに戻った。
「これは、これは、刑事さんですか。夜分遅くにどうも」と自室で籠もっていた廉が戻って来た。
「あなたは?」
「廉・ウェーカーです、ここの共同当主、あなたの隣の理沙と一緒に」
「ああ、そうですか、それは失礼。私は刑事の内山田です。早速ですが、あなたは今までどちらへ?」
「自室で寝ておりました」
「メイドが死んでいたのに?」
「ええ、彼女の死体を見たら急に気分が悪くなりまして、ベッドで寝ていました。」
「そうですか、で、あなた方は?」と我々、秘密探偵倶楽部に訊いて来た。
「あ、彼らは大学のときの友達で」そう代わりに廉が答えた。実際警察に対して、素直に僕達は秘密探偵倶楽部ですと言ってもポカーンとするだけだろう。
「そうですか」その後内山田はトイレが借りたいといって、いなくなった。
若い刑事と、我々秘密探偵倶楽部、そしてあの双子。誰も話さない、静かな空気が広がる。
バン。乾いた銃声がエントランスホールで広がった。
銃弾は理沙の頭をぶち抜き、「諸君、さようならだ!」といって撃った廉も銃口を口に含み、発射した。
飛び散る脳みそ、飛び散る血、肉、まさに惨状である。若手の刑事でさえも「ひぃ、ひいい」と慄いていた。
悠美も玲子も泣き出し、江草も葛西も栗田もそして僕もなんと反応すればいいのか分からなくなり、口をポカーンと開けて間抜けな面を晒していた。
「何事だ」トイレから急いで内山田が戻って来た。見ればこの有様、ある者は慄き、あるものは口を開けて唖然としている、ずっと裂帛は聴こえ、駆けつけたメイドや執事も泣き出し、ああ、なんという地獄絵図かと内山田は思っていた。
「みなさん、落ち着いて」そんなことを言ったのは彼がトイレから戻って何分か経ってからであった、事態が飲み込めなかったのだ。どうやら、銃を持った廉が理沙を殺したのだろう。
それでも一応、部下の若い刑事、長妻に「一体何があった」と聞いた。
「え、えっと、ここの当主の廉・ウェーカーがですね、妹である理沙・ウェーカーを銃で撃ち殺したんです」
「なるほど、なるほど」なるほど以外に何を言えば良いのやら…

さらに警察の応援が呼ばれた。栗田が「俺、吐きそうだわ」といってトイレに行った。
悠美も玲子も堪えているようだったのでそれとなく勧めたが、彼女たちは大丈夫といって、飲み物を取りに行った。
それから暫らくして「私ももう我慢できない」といって江草もトイレに行った。江草とすれ違いざまに悠美と玲子が戻って来た。
「おかしいの、誰もいないの」
まだ、江草と栗田が帰ってきていなかったが、キッチンへと刑事と共に行った。
だれもいない、先ほどまではいたのに誰もいない。

内山田がふと窓に目をやると何か黒いものが落ちてきた、ドンと鈍い音が連鎖的に始まり、窓を開け、上を見てみると、落ちてきている黒いモノの正体が人であると分かった。

「え、えらいこっちゃ」といって内山田が屋上まで駆け上がった。
軋む鉄製のドアを開くと、焚き木だ、それもキャンプファイアのように巨大な焚き木、その周りを白装束とか長襦袢のような格好をした奴等が変な言葉を口走りながら、5人ずつ飛び込んでいる。
「神は君たちを見捨てない!」といっているのはなんと栗田ではないか、そのとなりで、黙々と太鼓を叩いているのは江草だ。
「なんだこれ、なんだこれは」若い刑事の長妻はただただ呆気に取られているだけだ。
「なにをしているんだ、早くその変な儀式を終わらせなさい」
「変な儀式?酷い言い方だな、これは神様を迎える神聖な儀式。満月の夜にしか出来ないのだ、邪教徒どもが来た、邪魔される前に諸君、急げ」そういうと、太鼓がけたたましく鳴り人々が飛び降り始めていた。なす術もなく人々が墜ちてゆく。
また1人、また1人地面と接吻し、地面の染みとなる。
「お前、自殺なんかを強要して何が神だ!お前のやっていることは犯罪だ」私がそう言うと怒ったような表情をした栗田が神について語り始めた。
「我ら夢見の泡が信奉する、神ショゴス様を馬鹿にするのか?」
「ショゴスだと、ショゴスだと、この失敗作が!!」私は意味も分からずそう叫んだ。
「いや、必ずや、必ずや、次こそは、次こそは勝ってみせる」
「何を言っているんだ?」葛西はどうやら両方の言っている意味が分からなかったようだ。
テケリ、テケリ、テケリと謎の声が聞こえた。
「キャアーー」悠美も玲子も気絶していた。内山田も、長妻も気絶。かろうじて、葛西と僕は意識を保っていられたが、体が動かない。
閃光に包まれた、穢れた何かが現れた「おお、ショゴス様、現れましたか」江草が叫ぶ、「では、我々も行こう」人間とは思えぬほど跳躍した江草と栗田はそのまま閃光に消えていった。
ふと、気付けば病院のベッドであった。左隣のベッドに葛西、右隣には悠美、その向こうに玲子が眠っていた。
その日、刑事に呼び出しを受け、警察署に向かうことになった。
「やあ、昨日はどうも」と内山田。
「ええ、大変でしたね」
「私は、昨日のことが信じられんのだよ」
「といいますと?」
「確かに屋上から人が落ちたのに、死体が見つからないんだ、それどころか殺された双子の死体、家政婦の死体、全て無くなっている。血痕も全く残っていなけりゃ、凶器もない。もしかしたら殺人事件なんて端からなかったとすら思えるようになってきた、変な事を聞くようだが、殺人事件はありましたよね?」
「ええ、確かにありました」
「そうだよな。う~ん、出来ればこれからウェーカー邸に一緒に来て欲しいのだが、来られるかい?」
「ええ、もちろん、僕は行けますが…」
「ああ、俺も大丈夫だ」
「私も」、「私も大丈夫です」
結局残った四人で行くこととなった。
警察のパトカーに揺られ数十分、あの忌々しい屋敷ウェーカー邸に戻って来た。
エントランスホールの地球儀の中に入っても血腥さも、糞尿の臭い、だれかがした吐瀉物のにおいも無くなっている。廉も理沙の死体があったところにもなにも残っていない。
人々が次々飛び降りたはずの中庭の地面は一切抉れておらず、なにもなかったかのように澄ましている。
「おかしいな、確かに殺人が…」
「ええ、我々警察も確かに見たんですがね…仕方ありません、皆さんはお帰りください、また何かあったら後日連絡いたします」

そのまま家に帰ると、留守電が何件か入っていた。
だが、どれも最後まで聞いてもなにも吹き込まれていなかった。
おかしい、不安に思い、葛西と悠美と玲子に電話をかけると、彼らの家でも同じような留守電が入っていたらしい。とりあえず、あつまることとなった。

一番乗りしていた葛西が「やあ」といった。
「ああ、他は?」
「まだ、来てない」
「そうか」それから十分ほどして
「遅れてごめんなさい」玲子が申し訳なさそうに言った
「渋滞に引っかかるなんて、最悪だわ」悠美だ、高飛車に文句言うところをみると調子がよさそうである。
「皆が集まったところで、早速本題なんだが、みんなの家に謎の留守電が残されていると」「ええ、そうよ、ね、玲子?」
「ええ、何件も入ってました」
「なるほど、でどこからの電話でした?」
「俺は、非通知だった」
「私達も非通知だったわ」
「じゃあ、誰からか分からないわけだ」そう私が言うと葛西が
「いや、恐らく江草か栗田じゃないか、もちろん根拠はないが…」
「なら、一回彼らの家に行ってみませんか?」玲子がそう提案した。
みなその提案に乗りそれぞれの家に行くことにした。

僕が今まで栗田の家と紹介されていた家以外に、彼の家はあったようで都内の一等地に建つ高級マンションであった。
セキュリティがしっかりしているのだが、幸運かな、玲子の実家つまり早瀬コンツェルンの管理物件なので案外簡単に入ることが出来た。
マスターキーが手元にあるのだが、その必要はなかった。無施錠のドアを開けばがらんどうの部屋。
唯一残っていた机の上には何かが書きなぐられた紙が置いてあった。

『我ら、闇に挙りて、我が主ショゴスを待つ。
夜に混じり、神と混じり、一体となる。
全ては彷徨える人々に教えの光で導き
胡乱なこの世を、安寧な世へ戻す為に』
「なんだこれ、意味が分からん」葛西は吐き捨てるように言った。
「ああ、こりゃ病的だな」私も素直にそう思ったが、きっと意味があるはずだ。
「ショゴスって昨日栗田が叫んでいたやつだな?」葛西が言った。
「ああ、ショゴスとか言っているやつに飛び込んでいったな」
「ということは、夜に混じり、神と混じり、一体となるってまさしく昨日の飛び込みだな」
「まぁ、そういわれてみれば…」
「じゃあ、「彷徨える人々を教えの光で導き」って続々と落ちて行った人々のことかしら?」悠美がそういった、「おそらく、そうじゃないかな?」
「じゃあ問題は、「胡乱なこの世を、安寧な世へと戻すために」ってことよね」悠美の言うとおり、この最後の一文が怪しい。
「意味は、いい加減な世の中を平穏にするって感じでしょうか」と玲子が言った。
「今がいい加減な世の中として、それを平穏にするっていうのはどうやってするんだろうか?」
「奴らが神と崇めるモノと一体になったんだから、その力をもってしてやるんじゃないのか?」葛西は、タバコを一本取り出しながら言った。紫煙がユラユラと揺れて立ち上る。
「次行こうか」葛西は吸ったばかりのタバコを消し、部屋から出て行った。

江草は皆親と同居していると思っていたが、実は栗田と同じマンションに住んでおり、栗田の上の階に住んでいた。
ここもまた栗田と同じく無施錠で入れた。栗田と同じ間取りなのだが、彼の家にはギッシリとモノが詰まっており、といっても“夢見の泡”と書かれた、いわゆる彼らの宗教の経典のようなものばかりあるが…
その経典を掻き分けさらに進むと、円錐形の蝋燭が大量に置かれていた。
「う~ん、コイツを部長と呼んでいた俺が恥ずかしい」葛西は本当に残念そうに言った。悠美も玲子も同じように残念そうに、溜め息をついた。

突然、電話がなった。
出てみると、栗田だ。
「やあ、ようやく繋がったな、元気か?」
「よくもそんなことが言えるなお前、一体どこにいるんだ?」
「山のあなたの空遠く」
「“幸”住む人と云う…」
「そう、幸せな国に我々は住んでいる、ショゴス様と共に」
「ショゴスって一体なんなんだ?」
「お前は実は知っているだろ?だって、叫んだじゃないか“失敗作”と」
僕は確かに失敗作と叫んだが、無意識に出た言葉であるがゆえ、どうしてそう叫んだのか自分に問うても分からない。だが、俺は知っている、ショゴスという怖ろしいものを知っている、ああ、思い出せない。
「知らない、僕は知らない、知らないぞ!」
「ふふ、そうか、知らないか。また迎えに来るから待っていろ」
「どうした、何を言われた?」葛西が僕に訊いてきた
「迎えに来るらしい」
「迎えに、迎えに来るのか…」

その日から私は眠れなくなった。眠ると栗田に引き込まれそうで仕方ないという妄想に駆られたからだ。
とはいえ、人間頑張っても徹夜は二日から三日が限界で、多分に漏れず僕も眠ってしまっていた。
見たこともない触手に覆われた空を浮かぶ不気味な生き物、いや、果たしてあれは生きているのだろうか?
そもそも、ここはどこなんだ?
天に海が広がり地に空が広がる、墜ちているのか、浮かんでいるのか、赤く染まる地上の空、それに呼応する天の海。
触手が不気味に蠢き、あらわすことが出来ない泣き声を発している。ああ、僕は死ぬのだろうか、ああ、もうおしまいのだろうか。ああ、ああ、ああ。

なぜか、その触手が僕に触れようとする、湿った、ヌメっとした感触が背中に感じ、私は絶叫していた。離せと。

呼吸が荒くなり、気付けば私は起きていた。夢か。そう思ったはずだったが、なぜか背中が粘り気のある液体で濡れていた。

そのとき、チャイムが鳴った。
僕のことを気にしてくれた、葛西と悠美と玲子がやってきたのだ。
「顔が青ざめてるわよ、大丈夫?」珍しく悠美が優しい口調で話しかけてきた。
「あ、ああ大丈夫です」
「そう、ならいいの、はい、コレ」と言って、ビニール袋を渡された。中には果物と、上等そうな肉が入っていた。
「体力つけるにはお肉が一番よ」そういって悠美はステーキを焼き始めた。出来上がった美味しそうなステーキを前にしても、全く食べる気が起きない。
葡萄を口に含んでも、甘みよりも酸味を感じ、美味しくなく、水ですらもドブ水のような気がして、吐き気を催す。
「すまない、みんな今日のところは帰ってくれないか?」私の口から出た言葉に、みな不気味さを感じているようで、何かあったら連絡を呉れ、病気になったらすぐに入院するんだぞ?と気を使ってくれた。

ああ、もう太陽の光ですら不快だ。
カーテンを締め切り、照明も消し、テレビを淡々と見るだけの毎日。
電話が鳴る、知らない声だ、テレビを見ろと言っている、アレおかしいな僕はずっとテレビを見ていたはず。
あれ、テレビが消えてる、つけよう。
人が死んでいる、まるでゴミを捨てるかのように、まるで小さな虫けらを殺すかのように殺されている、蹂躙されている。
ああ、あいつ僕の背中を撫でたヤツじゃないか、アイツが悪者か。
あれ、外が騒がしいぞ?
おお、海だ、海だ。
お、飛び込みか、楽しそうだな、よし、僕も飛び込むか!
空を切る音が聞こえる、おお、爽快、爽快

…バン、ベチャ。

そこに海など端から無かった。
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ジャヴュ・ドッペル

Author:ジャヴュ・ドッペル
えらいとこ見られた
こりゃあもう 百年目 じゃと思いました

あと、このブログは敬称略ですので悪しからず。

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