スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

品川心中

曲名は落語「品川心中」から。
品川心中のおおまかな内容は

移り替え(衣替えのこと。 遊女は宴を開き祝儀を渡さないといけないから金がかかる)の為に必要な金が集まらず、ヤケになった花魁・お染がいっそ常連と心中しようと思い立ち、その相手として貸本屋で働く金蔵が選ばれた。 川で入水自殺しようと橋にやって来たが、金蔵は怯んで中々飛び込もうとしない。 仕方がないのでお染が後ろから押した、ちょうどそこへ店の若い衆がやってきて「金が用意できた」という、お染は死ぬことがバカバカしくなり川に落ちた金蔵を放置して店へと戻った。
一方、川が遠瀬だったので命が助かった金蔵は、親方のところへ戻り事情を話した。 怒った親方はお染に一泡吹かせようと、金蔵を店へと行かせた。 お染が金蔵と話をしていると親分と金蔵の弟がやって来て「金蔵の水死体が上がり、通夜をするので来て欲しい」と言うもんだから、お染は金蔵とさっきまで話していたと部屋に二人を案内すると、金蔵がいたはずの蒲団には位牌だけが置いてあった。 金蔵に取り殺されるから頭を丸めたほうが良いと脅されたお染は髪を剃ったところへ金蔵がやって来て、ネタばらし。 

というものです。



飯盛の宿品川の 朝は衣々 山は富士 ええこっちゃエー ええこっちゃエー

飯盛:字面の意味だと給仕という意味なんだけど、江戸時代では給仕と共に売春を行っていた娼婦のことを指していた、いわゆる私娼で、黙認された存在だった。 もちろん、飯盛(女)の全員が売春を行っていたわけではなく、今でいう仲居さんと同じ仕事をしていた人もいた。
品川:宿場の一つ。 新宿宿、板橋宿、千住宿と共に江戸四宿と呼ばれた。
衣々:「きぬぎぬ」 また「後朝」とも。 男女が衣を重ねて共寝した翌朝、それぞれが着る着物のこと。 要は一夜を共にして、翌朝別れること。


お染太夫の巻き紙の 添います主とあらかしこ 有り難や 有り難や

お染太夫:品川心中のヒロイン? 遊女のトップ花魁だったけども、歳のせいで人気が下火だった。
巻き紙:今でいうメモといったところ。 「あなたと添い遂げたいですわ」という内容。
あらかしこ:正しくは「あなかしこ」だけど、「あな」は感嘆詞だから「あら」でも別に問題ないように思う。 本来は男女関係なく書状の終わりの挨拶として使っていたけども、やがて女性だけが使うようになった。 「恐れ多いですが」の意。


年季が明けたらご新造に 夫婦善哉 デデレコデン

年季:奉公する約束の年限のこと、だいたい十年ぐらい。
ご新造:他人の妻への敬称。 主に若妻や若女房のことをいう。 でも、ここでは他人の妻というよりお染が金蔵に「奉公が終わったら、あなたの妻になりたいわ」って意味だと思う。
夫婦善哉:仲がいいこと夫婦のこと。 大阪・法善寺横丁にある「夫婦善哉」というお店では一杯分のぜんざいを二杯に分けて出してくれる。


芝の本屋の金蔵は 身上軽けりゃ身も軽い ええこっちゃエー ええこっちゃエー

芝の本屋:現在の東京都港区近辺。 金蔵は貸本屋で働いていた。
金蔵:落語「品川心中」の主人公、作中ではちょっと間が抜けた人物として描かれているが、憎めないイイ奴。
身上軽けりゃ~:身上というのは自分が置かれた境遇やあるいは財産のことなんだけど、それが軽いってのはよく分からない。 後に「ええこっちゃエー」といっているから、借金がないとか、病気がないって意味だと思う。 結婚するには特に障害もなく、元気だとかいう意味。


沖つ白波 見目に皺 回る金子もお茶を挽く 往生や 往生や

沖つ白波:沖に立っている白波のこと。 ここではおそらく「立つ」と掛かっているので「皺が立つ」つまり皺が出来るってことだと思われます。 ちなみに万葉集には

近江の海沖つ白波知らずとも妹がりといはば七日越え来む
近江の海に立つという白波は知らないが、あなた(愛しい女性)の為ならば七日、山や川を超えて会いに行こう

というのがあります。
見目に皺:見目とは顔立ちのこと。 顔に皺が出来ている様子、歳をとったということ。 前の「沖つ白波」に掛かっている。
金子:「きんす」 お金、硬貨のこと。
お茶を挽く:お茶を挽いて抹茶をつくるのは暇人の仕事だったということから、暇を持て余すということ。
往生:死ぬこと。 「顔に皺が出来るほど歳を取り、人気者だった遊女も暇を持て余す有様に。 それならいっそのこと死にたい」ってことですかね。


生きて浮き名が立つじゃなし おその六三か ナンマイダ

浮き名:恋愛や情事の噂。
おその六三か:「お園六三」 大坂で遊女のお園と大工の六三が心中した事件のこと、これを脚色した浄瑠璃や歌舞伎があって特に「三世相錦繍文章」が有名。


春の海に小舟がぶかり 人は生きるる時はひとり 手に手 取り合うならばふたり さあ 海へ 海へ 参りまほう


西の空に奴凧がふわり 人は死にゆく時もひとり 目と目 互いに瞑るふたり さあ 海へ 海へ 入りまほう

奴凧:「やっこ」 凧の一つで、こんな感じのもの。
瞑る:目を閉じること。


~落語~

金蔵「おはようござい……」
親方「なんだい 金蔵じゃねぇかい」
金蔵「立っているのは金蔵で、足下にあるのが雑巾」
親方「何を言ってやがる、どうしたんだい、顔見せねえじゃねえかこの頃」
金蔵「ええ~ つきまして、アタクシも仕合せを悪くいたしまして」
親方「当たりめぇだ。 幸せがあるたって、そう手頃っちゃ女ばかりだってフラフラしていやがるんじゃあな」
金蔵「ええ~ しょうがありませんから、田舎へでも行って少し稼ごうかと」
親方「おお、それもいいや、行って来いな どっちへ行くんだい?」
金蔵「方角は西の方へ」
親方「西の方へ? いつ帰ってくるんだい?」
金蔵「お盆の一三日には帰ります」
親方「ヤな野郎だな、コンチクショウ、ドウモ で、西へ参りますって、西はどこなんでぇ?」
金蔵「西方阿弥陀」

仕合せを悪く:「しあわせ」と聞くと「幸せ」という字を思い浮かべがちだけど、かつては「仕合せ」といい、物事の折り合いとか、タイミングを意味していた、だから「仕合せを悪く」というのは「バツが悪くて」ぐらいの意味。
西の方へ:仏教では人が死ぬと西の方へ行くと言われている、いわゆる西方浄土のことで、人の一生を陽の昇沈に擬えている。
西方阿弥陀:阿弥陀如来が教主としているという西方にある浄土のこと。 人間界から気が遠くなるほど彼方に存在するという。


目出度目出度の白無垢は 死出の旅路の左前 堪忍や 堪忍や

目出度:「めでた(い)」の当て字、他にも「芽出度」とも。
白無垢:神前挙式の際に花嫁が着る衣裳。 白は太陽を意味し高貴さを、懐刀は覚悟を、花嫁が命がけで嫁ぐことを表しているのだとか。 もちろん、相手の家の色に染まりますという意味もある。
左前:どうして左前が死装束の、縁起の悪い着方とされているのか諸説あってコレだというのはないだけど、かつてから中国では右よりも左のほうが尊いとされ、高貴な人は左前で着物を着ていたそう、そこから、死んで仏に近づこうとする死人は貴ばれる存在だから左前にしているのだとか。 ちなみに利き手が原因なのかどうかは分かりませんが、着物を左前で着ると大層動きづらいのだとか。
堪忍:肉体的な痛みや苦しみから耐えること。


所帯持ちたやあの世でも 蓮の台で トテリンシャン

所帯:一家を構えて独立した生計を立てること。 ここでは「単純に家庭を持ちたいな」ぐらいの意味。
蓮の台:仏や菩薩が座る蓮の花で出来た台のこと。 また、極楽浄土へと往生した人が座るとも言われている。
スポンサーサイト

テーマ : 人間椅子
ジャンル : 音楽

コメントの投稿

非公開コメント

Search Under This Blog
Twitter
Recent Entries
Categories
Monthly Archieves
Comment
Trackback
Profile

ジャヴュ・ドッペル

Author:ジャヴュ・ドッペル
えらいとこ見られた
こりゃあもう 百年目 じゃと思いました

あと、このブログは敬称略ですので悪しからず。

Links
QR Code
QR
RSS Feed
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。