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涅槃桜

オリジナル。 涅槃桜というのは、釈迦の誕生日である灌仏会(あるいは花会式や花祭とも)を祝う時期がちょうど桜が美しい時期で、その桜のことを釈迦となぞらえて涅槃桜と呼んだりする。



桜ひらひら降る夜は 心うららに踊って 春の涅槃に舞うのさ oh yeah

春の涅槃:前述の通り、釈迦の誕生日のことを言っているのだと思います。


君の家に行こうと思った 風のとても激しい夜だった 夜だった 僕は震えながら駆けだした 桜の降りしきる森の中 森の中

桜の降りしきる森の中:自生している桜はあまり密集して生えていないので、おそらくこの桜はある程度人の手が加えられているものだと思います。


寄る辺ない無辺際の宇宙で 僕は何処へ行こうとしているのだろう 人恋しくて やりきれなくて 春の宵は退屈過ぎる

寄る辺ない:頼りにする人がいない。 孤独な、寂しいという意味。
無辺際:広大で果てのないこと。 つまり、ここでは「果てない宇宙の真っ直中一人で」って意味。


君に伝えそびれた言葉は ありきたりの短い一言 ただ一言 僕は毎日呟いている 誰にも覗けない夢の中 夢の中


果てない無量劫の時空で 僕は何をしようとしてたのだろう 物悲しくて やるせがなくて 春の宵は幻惑させる

無量劫:仏教用語で「限りなく長い時間」のこと。 永劫とも。


桜はらはら散る夜は 心そぞろに乱れて 春の薫りの吹くまま 夢の続きを追うのさ 桜ひらひら降る夜は 心うららに躍って 春の涅槃に舞うのさ oh yeah

心そぞろに:そわそわと落ち着かない、ふわふわと浮いている心のこと。 「漫ろ(そぞろ)心」という方が多い。
心うららに:うららは「麗らか」の略なんでしょうか。 だとすれば、晴れ晴れと楽しい様のことです。


あてどない無色界の辺りで 僕は誰の夢を見ていたのだろう 心寂しくて いたたまれなくて 春の宵は朧に更ける

無色界:仏教用語で、三界(他には欲界、色界)と呼ばれる世界の一つ。 欲望も物質もない、ただ精神だけがある世界のこと。
朧に:はっきりとしないさ、朧気とも。
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テーマ : 人間椅子
ジャンル : 音楽

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ジャヴュ・ドッペル

Author:ジャヴュ・ドッペル
えらいとこ見られた
こりゃあもう 百年目 じゃと思いました

あと、このブログは敬称略ですので悪しからず。

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