終わって、始まって
今日、伯母がやっていたお店(お好み焼き屋)が閉まることとなった。
最盛期に比べれば売上が落ちたというのも原因の一つではあるけども、それよりもなによりも、もう身体的に疲れたというか、一日中立ちっぱなしの仕事が堪えるそうだ。
33年間やって来た店がなくなる、私が生まれるはるか前からあった“それ”がなくなることはなんとも説明し辛い気持ち、不愉快にも似た淋しさを感じる。
思えば伯母さんのお好み焼き屋は “お好み焼き屋さんっぽくない” 店だった。
店から出て、服を嗅いでみても油の臭いやソースの臭いが一切しない。 もともとデザイナー志望だった伯母は服に臭いがつくのが嫌いだったようで、小さい店の割には大型の換気扇が設置されているので臭いがつかない。
そして、床。 店を一度建て替えたのだけど、建て替え前にしても後にしても床が油でネチャネチャしていない。 毎日閉店後に時間をかけて何度も掃除をしているお陰だ。
身内に飲食店をやっている人がいると、どうしても同業の他店に行く機会は少なかったけども、それでも有名な店には何度か行ったことがある。 たいていの店は服に臭いがついて一日中お好み焼きの臭いを感じたり、店内のネチャネチャな床を踏みしめる度、なんだか残念な気持ちになることが多かった。
もちろん、肝腎の味だって……やはり身内の事になると贔屓目で見てしまうので、褒めるのはもうコレぐらいにしておくけども、今この文章を書いていて、あのお店に愛着みたいなものを抱いていたんだなぁと、しみじみと感じている。
本当は最終日に食べに行くのが一番良いのだろうけども、なにぶん家から遠いので、一昨々日つまり日曜日にお店へと食べに行った。
関西ではメジャーな「すじこん」(牛すじとこんにゃくを醤油で煮込んだもの)のお好み焼きと、子供の頃大好きだった焼き飯を頼んだ。(お好み焼き屋なのに? と思われるだろうけど、伯母曰く、意外と人気のメニューで、ご飯は常に切らさないようにしているそうだ)
お好み焼きと焼き飯、炭水化物と炭水化物。 関西人でありながらお好み焼きと白ご飯が理解できない私なので、両者を一緒に食べることは決してないけども、まるで近親婚のような背徳の取り合わせには間違いなく、それにメタボリックまっしぐら、糖尿病まっしぐら、みたいな危なさ。
まあ、これで最後だし、両方共味わっておきたかったので、半ば無理して食べた。
お好み焼きは色々な作り方があると思うけど、伯母は、まず生地を半分鉄板に流し混み、その上に具材――今回ならばすじこんを――を上に乗せ、またその上に生地をかけて具を包み込んでしまう。 片面を焼いてひっくり返すと、今度はボウルのようなもので蓋をして蒸し焼きにする、こうすることでふんわりさが出るらしい。
出来上がったお好み焼きにソース、マヨネーズ、カラシ、そして少量のケチャップを伸ばすと、その上に鰹節を散らし青のりは少なめに振りかけて、完成。 ケチャップを入れる店というのは色んなところに食べに行ったことがあるけどもココだけだが、どうして入れているのかいまだに謎。 伯母に聞いたこともあったが、本人もよく覚えてないらしい、開店するときに色々と食べ歩きした時に知ったらしい。
出来上がった、お好み焼きをコテとかヘラとか言われるもので食べる。 ハフハフと口の中で転がすのも最後かと思うと感慨深い、なんて食べてるときは思っていたけど、今になってみれば考えすぎだったかもしれない。
それにしても美味しい。 非常にまとまっていて、角がなく、飽きの来ない美味しさだ。
一品目のお好み焼きを食べ終わると、今度は丁度出来上がった焼き飯が目の前に出された。 お腹は実は結構膨れていたが、まだまだ空腹ですよという雰囲気を出しながら食べた、そうでもしないと伯母さんが気を遣って焼き飯を棄てるかもしれないと思った。 具はピーマン、ニンジン、ベーコンなど…シンプル極まりない具材のそれをスプーンで頬張った。
何年も食べていなかったが味は変わってなかった。 美味しい焼き飯。 さっきまで「お腹パンパンだよ」と心の中でつぶやいていたクセに、案外にペロリと食べてしまい、自分でも驚いた。
食べ終わって、ひとしきり世間話なんかしていると、お客さんがやって来た、私は話を止め店を出ることにした。
「じゃあね」と私が言うと伯母さんは分るか分からないかの微かな笑みを浮かべた。 また何気なく来ても、優しく迎えてくれそうな錯覚に陥るぐらいに自然な感じ。 でも、それは嘘で、本当はそのわずか数日後には食べられなくなる。
夜中の高速道路に揺られ微睡みの中で、まるで牛の反芻のように店での出来事を思い返していた。 よくよく考えれば大したことない出来事なんだけど、とてつもなく特別なことのように思えてきた。
父に、その日のことを話すと父は
「伯母さんを労うために、伯母さんを誘って、慰労会としてどこかへ食べに行かないか?」
と言った。
「なら、和食が良いかな?」と私は言った。
すると、すかさず母が言った。
「○○(伯母の名前)姉ちゃんは、回転寿司に行ったことがなくて、一度行ってみたいって言ってたから回転寿司なんかどう?」……
実のところ、和食に行くのか、回転寿司に行くのか、まだ決まっていない。
でも、まあ、本人が一度も行ったことがなく、また行ってみたいと言っているのだから回転寿司の方になるだろうと思う。
もし、そうなったとしたら、カウンターで食べる事に慣れていて回転する寿司なんて見たこともないという伯母さんだから、思いっきり庶民的なというか、チェーン店の回転寿司に行ったら、インパクトがあって良いかなと思う。
それにしても回転寿司に一度も行ったことがないなんて……ちょっと羨ましいw
さて、私は終始センチメンタルになっていたけど、当の本人である伯母やその妹である私の母はアッケラカンというか、気にも留めていないようで、結構サバサバとしていたのが印象的だった。
母によると伯母さんは、もう何か新しい事を見付けたそうで店が終わることにさほど未練がないそう。 まあ落ち込むことがなくてなにより。 それにしても叔母さんはなんとも活動的な人だよ、私もああいう感じの人間になりたいなぁという羨ましさと、これからの伯母の良き未来をとの願いを込めて、締めの言葉とします。
最盛期に比べれば売上が落ちたというのも原因の一つではあるけども、それよりもなによりも、もう身体的に疲れたというか、一日中立ちっぱなしの仕事が堪えるそうだ。
33年間やって来た店がなくなる、私が生まれるはるか前からあった“それ”がなくなることはなんとも説明し辛い気持ち、不愉快にも似た淋しさを感じる。
思えば伯母さんのお好み焼き屋は “お好み焼き屋さんっぽくない” 店だった。
店から出て、服を嗅いでみても油の臭いやソースの臭いが一切しない。 もともとデザイナー志望だった伯母は服に臭いがつくのが嫌いだったようで、小さい店の割には大型の換気扇が設置されているので臭いがつかない。
そして、床。 店を一度建て替えたのだけど、建て替え前にしても後にしても床が油でネチャネチャしていない。 毎日閉店後に時間をかけて何度も掃除をしているお陰だ。
身内に飲食店をやっている人がいると、どうしても同業の他店に行く機会は少なかったけども、それでも有名な店には何度か行ったことがある。 たいていの店は服に臭いがついて一日中お好み焼きの臭いを感じたり、店内のネチャネチャな床を踏みしめる度、なんだか残念な気持ちになることが多かった。
もちろん、肝腎の味だって……やはり身内の事になると贔屓目で見てしまうので、褒めるのはもうコレぐらいにしておくけども、今この文章を書いていて、あのお店に愛着みたいなものを抱いていたんだなぁと、しみじみと感じている。
本当は最終日に食べに行くのが一番良いのだろうけども、なにぶん家から遠いので、一昨々日つまり日曜日にお店へと食べに行った。
関西ではメジャーな「すじこん」(牛すじとこんにゃくを醤油で煮込んだもの)のお好み焼きと、子供の頃大好きだった焼き飯を頼んだ。(お好み焼き屋なのに? と思われるだろうけど、伯母曰く、意外と人気のメニューで、ご飯は常に切らさないようにしているそうだ)
お好み焼きと焼き飯、炭水化物と炭水化物。 関西人でありながらお好み焼きと白ご飯が理解できない私なので、両者を一緒に食べることは決してないけども、まるで近親婚のような背徳の取り合わせには間違いなく、それにメタボリックまっしぐら、糖尿病まっしぐら、みたいな危なさ。
まあ、これで最後だし、両方共味わっておきたかったので、半ば無理して食べた。
お好み焼きは色々な作り方があると思うけど、伯母は、まず生地を半分鉄板に流し混み、その上に具材――今回ならばすじこんを――を上に乗せ、またその上に生地をかけて具を包み込んでしまう。 片面を焼いてひっくり返すと、今度はボウルのようなもので蓋をして蒸し焼きにする、こうすることでふんわりさが出るらしい。
出来上がったお好み焼きにソース、マヨネーズ、カラシ、そして少量のケチャップを伸ばすと、その上に鰹節を散らし青のりは少なめに振りかけて、完成。 ケチャップを入れる店というのは色んなところに食べに行ったことがあるけどもココだけだが、どうして入れているのかいまだに謎。 伯母に聞いたこともあったが、本人もよく覚えてないらしい、開店するときに色々と食べ歩きした時に知ったらしい。
出来上がった、お好み焼きをコテとかヘラとか言われるもので食べる。 ハフハフと口の中で転がすのも最後かと思うと感慨深い、なんて食べてるときは思っていたけど、今になってみれば考えすぎだったかもしれない。
それにしても美味しい。 非常にまとまっていて、角がなく、飽きの来ない美味しさだ。
一品目のお好み焼きを食べ終わると、今度は丁度出来上がった焼き飯が目の前に出された。 お腹は実は結構膨れていたが、まだまだ空腹ですよという雰囲気を出しながら食べた、そうでもしないと伯母さんが気を遣って焼き飯を棄てるかもしれないと思った。 具はピーマン、ニンジン、ベーコンなど…シンプル極まりない具材のそれをスプーンで頬張った。
何年も食べていなかったが味は変わってなかった。 美味しい焼き飯。 さっきまで「お腹パンパンだよ」と心の中でつぶやいていたクセに、案外にペロリと食べてしまい、自分でも驚いた。
食べ終わって、ひとしきり世間話なんかしていると、お客さんがやって来た、私は話を止め店を出ることにした。
「じゃあね」と私が言うと伯母さんは分るか分からないかの微かな笑みを浮かべた。 また何気なく来ても、優しく迎えてくれそうな錯覚に陥るぐらいに自然な感じ。 でも、それは嘘で、本当はそのわずか数日後には食べられなくなる。
夜中の高速道路に揺られ微睡みの中で、まるで牛の反芻のように店での出来事を思い返していた。 よくよく考えれば大したことない出来事なんだけど、とてつもなく特別なことのように思えてきた。
父に、その日のことを話すと父は
「伯母さんを労うために、伯母さんを誘って、慰労会としてどこかへ食べに行かないか?」
と言った。
「なら、和食が良いかな?」と私は言った。
すると、すかさず母が言った。
「○○(伯母の名前)姉ちゃんは、回転寿司に行ったことがなくて、一度行ってみたいって言ってたから回転寿司なんかどう?」……
実のところ、和食に行くのか、回転寿司に行くのか、まだ決まっていない。
でも、まあ、本人が一度も行ったことがなく、また行ってみたいと言っているのだから回転寿司の方になるだろうと思う。
もし、そうなったとしたら、カウンターで食べる事に慣れていて回転する寿司なんて見たこともないという伯母さんだから、思いっきり庶民的なというか、チェーン店の回転寿司に行ったら、インパクトがあって良いかなと思う。
それにしても回転寿司に一度も行ったことがないなんて……ちょっと羨ましいw
さて、私は終始センチメンタルになっていたけど、当の本人である伯母やその妹である私の母はアッケラカンというか、気にも留めていないようで、結構サバサバとしていたのが印象的だった。
母によると伯母さんは、もう何か新しい事を見付けたそうで店が終わることにさほど未練がないそう。 まあ落ち込むことがなくてなにより。 それにしても叔母さんはなんとも活動的な人だよ、私もああいう感じの人間になりたいなぁという羨ましさと、これからの伯母の良き未来をとの願いを込めて、締めの言葉とします。








